大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)40号 判決

原告 澤井政明

被告 神戸刑務所長

代理人 宮崎正巳 野口成一 ほか三名

主文

1  本件訴は、いずれも、これを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(一)  被告は、昭和五三年一一月二一日原告に言い渡した軽屏禁一五日の懲罰処分と、同日付でなした累進制に基づく処遇階級第三級から第四級への低下処分並びに同年一二月八日告知に係る同年一一月分の作業賞与金月額計算高の三割(金六五一円六〇銭)減額処分を取消せ。

(二)  被告が受刑者全員に対して毎日仮就寝前行なつている正座反省の命令強制は違法であることを確認する。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の申立

主文同旨の判決

三  本案の答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)1  原告は、昭和四九年一二月一八日より神戸刑務所に服役しているものであるが、昭和五三年当初、神戸刑務所第六舎一階浴場前廊下に於て、当日独居拘禁者の入浴立会に当つていた同刑務所保安課警備隊員訴外近藤健一看守(以下近藤看守という。)と入浴時間が「短すぎる」「短くない」と争論してより、爾来、同看守は、運動・入浴などのおりには原告に対し、殊更不親切な態度を以て接し嫌がらせをしていたものであるが、昭和五三年九月上旬の入浴時にも出房した原告の左腕をやにわに掴むやその手から石鹸箱を引たくり、この乱暴に就いて抗議した原告に対し、「喧しい喋るな、受刑者のくせに職員に何が文句ある」と威圧したうえ「文句を言わず早く歩け」と背後より背中を押し暴行したことがある。

2  原告は、同年一一月二日午後一時二〇分頃、定期入浴のため第六舎二階三二房より出房した際、同房前廊下に於て同日の入浴出し入れ及び衣体検査等に当つていた近藤看守から衣体検査を受けたのち、その左手に所持していた石鹸箱の中を見せるよう命令されたので、命令どおり石鹸箱の中を見せたところ、今度は威圧的に石鹸箱を裏返して見せろと命じるので一応そのとおり石鹸箱の裏側を見せたが、原告は、前述のような事情から亦自己に対する嫌がらせが始まつたと思い「何故俺だけにそんなこと言うんや、石鹸箱の裏側迄検査する必要があれば最初から平等に全員検査したらよい」と不服を唱えたところ「そんなことわしの勝手や放つておけ」と腹立たし気に申し向けるので、このような職務に格好づけて私憤を晴らすため原告を差別するような取扱いを今後も続けられるようでは精神的にやりきれないので「俺一人だけ目の敵にするような阿呆らしいことを言うな」と抗議したところ、同看守はこれを黙殺して原告同様入浴のため既に向い三〇房より出房し同房前廊下で佇立していた訴外戸田博明と原告に対し、入浴待機場所である同階西端迄行くよう命じたので同階西端に赴いた原告は、同階の担当者である訴外河野看守に対し、近藤看守の不当な行為に就いて不服を申し述べたところ、近藤看守が「文句があれば情願でも訴えでも好きなようにせや」と挑発するので、原告は河野看守に「告訴状を作成するので願箋(願い出用紙)を交付して欲しい」と頼み、入浴後願箋の交付を受け、同二時頃同看守に神戸地方検察庁宛告訴状及び告発状の認書(作成)願箋を差し出したところ、同四時頃警備隊所属看守部長が原告の居房へ来房し「先程の近藤看守との件で取調べに付する旨」告知を受けた。

3  そして近藤看守の同日付現認報告書に基づいて取調べがなされ、この現認報告書記載事実が監獄法五九条所定の紀律違反(暴言)に該当するとして同月二一日同法六〇条一項一一号、四号の軽屏禁(以下、本件軽屏禁処分という。)及び文書図画閲読禁止各一五日の懲罰に処せられると共に行刑累進処遇令(昭和八年一〇月二五日司法省令三五号、以下、累進令という。)に基づく処遇階級を第三級から第四級へ低下せられ、(以下、本件階級低下処分という。)又これにより行状が不良であるとして同年一二月八日翌一一月分の作業賞与金計算高告知の際作業賞与金計算規定(昭和三〇年六月二七日法務大臣訓令)八条に基づいて三割(金六五一円六〇銭)の減額処分(以下、本件賞与金減額処分という。)を受けた。

4  然し原告は、前記石鹸箱検査の際近藤看守に対し現認報告書記載の如き「阿呆なことをしやがつて」などと罵倒した事実は無く、同看守もその際原告の言辞に対し、それが侮辱乃至暴言であり又は職務執行に対する反抗であつて遵守事項違反であると注意した事実もなく、却つて原告から抗議されたことによつて沈黙したものであり、原告が同看守の挑発により告訴状・告発状の認書願箋を前記河野看守に差し出したことを確認してから、自己の行為を正当化するため先回りし、恰も原告が暴言を為したかの如き現認報告書を上司に提出したものである。

そして被告は一方的に現認報告書記載事実を認定し原告に前記各処分を為したものであつて、本件事実認定は採証を誤つた結果事実を誤認したもので違法が在る。

5  ところで、原告の近藤看守に対する前記2の言辞は、現に自己に対して為された同看守の不当な差別的取扱いに対する抗議であつて、これが暴言とか検査に対する非協力的態度であるとして非難され、遵守事項違反者として懲罰を科せられる理由はない。従つて原告の同看守に対する言動は不当な職務行為に対する一種の抵抗権の行使で正当な抗議であつて、社会通念上当然許容されるものであり、受刑者と雖も不法な職務執行に就いてまで受忍義務を負わされる謂は無い。

故に前記各処分、殊に懲罰審査の開始手続及び量定言い渡しには、原告が入所来より訴訟を行ない、独居拘禁後は徐々に刑務当局の指導に従わず、一層、訴訟等を強行していること、これに因り、管理部長訴外加茂敏夫及び用度課長訴外今井孝雄の両名が京都拘置所在勤中原告に陵虐を為したとして何れも神戸刑務所着任前の昭和五二年五月二五日及び同年八月三〇日京都地方検察庁へ夫れ夫れ告訴されていること、昭和五三年八月二日付で独居拘禁の期間更新の取消等を求める訴訟を当庁へ提起していること、又近藤看守は前記(一)、(二)の事由により、保安課長及び警備隊長の両名も受刑者を苛虐したとして同年一一月九日神戸地方検察庁へ夫れ夫れ告訴及び告発されていること等を考慮し報復するための恣意が在り、不正な動機が存する。

斯様な不正は、実際の懲罰審査手続等に被告を代理し議長を務めた加茂管理部長の偏見と悪意に因るものであつて同審査手続に関与した課長以下の刑務官らが管理部長に迎合し、一罰百戒の意味で単に苦痛と不利益を強いるため為された被告職員らの趣意返しであつて、被告はこの不正な動機に基づく本件軽屏禁、処遇階級の低下、及び作業賞与金減額の各処分を容認したものであり、法律によつて委ねられた裁量権の範囲を逸脱する違法が在るから、右処分の取消を求める。

(二)  正座反省強制の違法確認について

1 刑務当局は昭和五〇年四月頃から反省時間なるものを設定し、受刑者全員に対して受刑生活一日の反省を促す趣旨の下に仮就寝前五分間正座反省(以下、本件正座反省という。)を強制し、爾来これが矯正乃至教化目的の一環として実施され、被告刑務所長も亦同じくその方針を貫徹している。このため、被告刑務所長の包括的支配に服従せざるを得ない原告は自己の意思に反して屈従しているものである。

2 而して斯様な道徳的反省は、受刑者各人がその自由意思に基づきその良心による倫理的判断により決定すべきものであつて、刑罰を根拠とする矯正を強制するために外形的圧力により命令強制され特定の道徳律を強要される謂はない。換言すれば、監獄に於ける拘禁は被拘禁者の身体の自由を拘束することにあつて精神的自由を拘束し得るものではない。のみならず思想及び良心の自由は信教の自由と同様このような内心の自由については特別権力関係によつても無制限に保障された超国家的基本権である。

3 従つて原告が、拘禁による日常生活は害悪と屈辱であるから不快として、矯正感化など全くナンセンスであり毎日は単に自己の刑期の消却にしか過ぎないと考えてもそれは全く原告の自由であると謂べきところ、僅かな時間とは雖も命令強制による対外的な表現によつて受刑生活に対する反省を促しむることは原告の良心の自由を侵害するもので憲法一九条の規定に違反するものである。

そして如何なる理由を以つてしても所詮刑罰は犯罪を理由とする制裁報復であることは否めないのであるから縦令その中に受刑者の教化・改善を目的とする矯正が重大な意味を持つとしても、これが期待以上に受刑者に対し、原告が全然意図しない反省を強制し特定の道徳律を押し付けようとするが如きは原告の有する倫理的な意思良心の自由を侵害するものであつて、原告に於ては全く堪えがたく違法なものである。

4 よつて原告は被告に対し、毎日仮就寝前の正座反省の命令強制が違法であることの確認を求める。

二  被告の主張

(一)  本案前の抗弁

1 請求の趣旨第一項について

(1) 取消訴訟においては、その対象として行政庁の処分の存在を必要とするところ、昭和五三年一一月二一日原告に言い渡した軽屏禁は、同年一二月九日執行を終了したので、これが取消を求める利益は消滅している。

単に、懲罰処分をうけたとしても、原告主張の如く、必ずしも仮釈放や個別恩赦の際に不利益な取扱をうけるものではないから原告の主張は理由がなく、

かりに、原告が本件懲罰処分をうけていることを理由として、将来なんらかの不利益な取扱いをうける虞れがあるとしても受刑者に適用される各種行刑法規には、懲罰処分をうけたこと自体をもつて行刑上受刑者の不利益となる処遇の欠格事由又は不利益処分の加重事由とする旨の規定は存しないから、かような不利益は将来の発生にかかり、しかもその発生自体確定的なものではなく、本件懲罰処分によつて当然かつ直接的に招来されものでもない。もしも将来原告が本件懲罰処分をうけていることを理由として不利益な取扱いがなされることがあるならば、その時においてその処分の取消を訴求すれば足りる。

しかして、原告主張にかかる法律上の不利益はいずれも将来の不確定な事実に関するものにすぎないから、原告は本件懲罰処分の取消により法律上回復しうる権利・利益を有しないものといわねばならない。

(2) 訴の追加的併合の要件の欠如

請求の追加的併合が許されるには、既存の訴えに対する関連請求に係る訴えであることが必要であるところ(行政事件訴訟法―以下行訴法という―一九条)、原告が新に追加した累進制に基づく処遇階級の第三級から第四級への低下処分の取消の訴えはすでに提起されている懲罰処分の取消訴訟、正座反省の違法確認訴訟とは何ら関連がない訴えであることが明白であるので、行訴法一三条、一九条の規定に照らし請求の追加的併合として提起することができない不適法なものである。

因みに懲罰処分と追加された累進階級の低下処分の取消請求との関連性をみるに累進階級の低下処分は懲罰処分に付随するものでないことはもちろん、これの執行又は続行処分として行われるものでもなく、懲罰処分とは別個に累進令七四条の規定により当該所属階級に滞留せしめることにより、特にその階級の秩序を紊す虞れのある場合に累進準備会及び分類審査会の付議を経てなされるものであつて、階級低下するときは懲罰処分の言渡とは別にその言渡をしなければならないものである。それに、この階級低下の制度は累進処遇上の必要(累進令一条)から行われるものであつて、懲罰処分のなされることは要件となつておらず、かりに懲罰処分が取消されたとしても当然に原級に復帰するものではなく、原級復級は階級低下された者が特に改悛の情が顕著であつて行刑成績も良好であり、原級に復帰させても支障がないと認定されることが必要である(累進令七六条)。

そこで受刑者の階級の累進は作業の勉否、その成績、操行の良否、責任観念及び意思の強弱等を考査のうえ決定されるものであつて(累進令二一条)、懲罰それ自体により即時又は続いて不利益な処遇上の処分がなされるわけではない。しかも監獄法令及び累進処遇の制度の趣旨、目的に照せばその処遇の如何は法令の範囲内で被告刑務所長の自由裁量に委ねられているというべきだからたとえ懲罰をうけたからといつてそのことのみをとらえて直ちに累進処遇上不利をうける原因となることを得ない。さらには服役者は刑務所長に対し累進処遇上ある一定の階級につき自己を有利に取扱うよう請求しうる法律上の地位を有するものでもないので、原告は、階級低下処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものといわねばならない。

かように累進階級の低下処分の取消請求は懲罰処分の取消請求の関連請求とみる余地はない。

(3) 階級低下に伴う不利益の不存在

原告は三級から四級に低下させられたことによる不利益として仮釈放の申請資格その他の事由を挙げているが、行刑累進処遇令上の三級と四級の具体的差異は作業賞与金月額計算高の自用金額(同令四一条、四二条)、接見、通信の範囲、回数(同令六一条、六二条)にすぎず、後者については、原告も認めるとおり、神戸刑務所においては、三級と四級とでは何ら差別しておらず(同令六六条)、前者については、その差異は僅少であり、規定上も運用上は両者の取扱いを同列にすることも予定されており、原告は四級に低下させられたことにより現実には何ら三級と異なる具体的な不利益な処遇をうけた事実もないから階級低下に伴う不利益は受けていない。

原告は現在は実際上不利益はないが、将来他の刑務所で不利益をうける虞れがあるというにとどまり、単に法令上両者に若干処遇上の差異があるとしても現実の運用において何ら差異もなく、具体的な不利益を差別もうけていない以上原告は階級低下処分の取消しを訴求する利益を欠くものといわねばならない。

因みに仮釈放の制度は、社会復帰を促進するために自由刑の執行のまだ終了しないうちにその執行を停止して刑の執行を仮りに終了したものとする制度であつて、その手続はまず刑務所長が該当者の仮釈放の要件の具備の有無を審査し、さらに地方更生保護委員会において詳細な調査をしたうえその適否を判断して行われるもので、受刑者はこれにつき申請したり意見を申出る権利は何ら有せず、その審査手続に関与する余地はないから、原告の仮釈放の申請資格など論議する余地すら全くない。

(4) 作業賞与金月額計算高の三割減額は、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しない。

作業賞与金は懲役受刑者が刑罰内容として刑務作業に従事した場合(刑法一二条二項)に受刑者の労働意欲を向上させるとともに在監中並びに釈放後の当座の更生資金に役立つことを目的として受刑者の行状、性向、作業の種類、成績、科程の了否を斟酌のうえ計算して給付されるものである(監獄法―以下「法」という―二七条二項、三項、同法施行規則―以下「規則」という―七一条)。

刑務作業は犯罪の一般予防及び特別予防という国家目的実現のために自由刑の受刑者に対し刑罰内容として義務的に課される強制的教育手段であつて、受刑者の社会復帰を目指しての改善教育、職業訓練、規律維持等多目的を有する矯正処遇の一環としての役割を担うものであり、一般社会における賃金労働のように経済的有用性の追求を目的とするものではないからその作業収益は国庫帰属主義をとつており(法二七条一項)、受刑者は報償としての賃金を請求することができるものではない。

しかし、作業収益をすべて国庫に帰属させるときは一面において受刑者の勉励心を作り、意欲を向上させることが困難となり、他面において釈放後の当座の生計の資に窮することとなるから国庫帰属主義の例外を定め、行状、作業の成績及び作業の種類等を斟酌して一定の金額を賞与として受刑者に給付することとされたものである。

そこで作業賞与金は受刑者の行状や作業成績が良好であつた場合は、その基本月額に加算し、反対に懲罰処分に付されたような行状不良の事実があつたり、作業成績が不良の場合は、基本月額が減額されることになつているのであつて(作業賞与金規定―昭和五二年四月一六日矯作訓第七一二号法務大臣訓令―乙一五号証―八条、九条、同規程施行細則―昭和五二年一二月二七日達示一九号―乙一六号証―一四条、一五条)、その法的性質は労働に対する報酬ではなく、就業者に対する国家の一方的意思による給付であるから賞与金給付の条件、計算額、処分方法はすべて行政権の裁量の範囲に属する。

そして賞与金は一ヵ月単位で仕上高及び就業時間を基準として積算(作業賞与金月額計算高)のうえ、これが当該受刑者に告知されるが、在監中は単に計算高として記録されていくにすぎず、釈放の際にはじめて給付されるものである(規則七五条一項)。

そこで就業者は、現実に給付されるまでは賞与金につきなんら具体的権利を有しないのであり、一ヵ月ごとに告知された計算高も就業者に対し在監中の行状、作業成績を反映した計算後の額を知らしめるためのものにすぎず、この告知によつて成績良好の者にはさらに勤労意欲を向上させ、成績不良の者には反省させるという効果を伴うにとどまり、就業者はこれに対しても具体的権利を有するものではない。

したがつて、作業賞与金月額計算高の三割減額は原告の具体的な権利義務に直接変動を及ぼす性質のものではないから抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しない。

2 請求の趣旨第二項について

(1) 行政処分性の欠如

仮就寝前の正座反省は、在監者全員を対象として午後六時五五分から午後七時までの五分間当日の行動や過去の言動につき精神統一して集中的に自省を促す機会を与え受刑者を教化、改善し、社会復帰後、健全な精神生活を維持できるよう矯正生活の目的を達成するための方策として受刑生活の一部にとり入れ実施しているものであり(乙六号証、同七号証)、これは矯正施設における生活に伴う受忍の限度内の当然の内在的制約にとどまる。

しかもその一日の実施時間もわずか五分間にすぎず、原告主張のごとく在監者に対する命令強制と目すべきものでもなければ、原告の倫理的な意思、良心の自由を侵害するものでもなく、単に受刑者にその苦痛のみを目的とする行動を強制するものでもないから、その違法性の有無を論ずる余地はないばかりか、この正座反省を実施したことによつて原告に対してその受刑生活上の法的な権利義務その他法律関係に何ら変動をきたすものでもないから、これをもつて抗告訴訟の対象となるべき行政処分ととられる余地はない。

(2) 違法確認訴訟の要件の欠如

無名抗告訴訟としての違法確認訴訟はその対象が抗告訴訟の対象となるべき行政処分性を有することが必要だが、前述のように正座反省はここにいう行政処分性を有しないからこれが違法確認を訴求すること自体不適法だが、かりにこれをもつて抗告訴訟の対象となるべき処分と解しうるとしても通常処分の違法を争う場合は、その瑕疵の程度に応じて原則として取消訴訟によるか、無効確認訴訟によるべきであつて、違法確認訴訟はこの形式によらなければ処分の違法についての紛争を解決できない場合しか訴の利益がないものというべきである。

しかるに正座反省の実施をもつて行政処分ととらえる以上違法確認訴訟の形式をとらなくても他の訴訟形式でその違法性を争うことは可能であるので、正座反省の実施の違法確認を訴求することは不適法といわねばならない。

(二)  請求原因に対する認否

1 請求の原因(一)1のうち原告が昭和四九年一二月一八日から神戸刑務所に服役していること及び近藤看守が、昭和五三年当初神戸刑務所第六舎一階浴場前廊下に於て独居拘禁者の入浴立会に当つていたことは認める。

その余は否認

2 同(一)2のうち原告が、昭和五三年一一月二日午後一時二〇分頃定期入浴のため第六舎二階三二房より出房し、同房前廊下に於て同日の入浴の出し入れ及び衣体検査に当つていた近藤看守から衣体検査をうけた後、その左手に所持していた石鹸箱の中を見せるよう指示され、次いて石鹸箱を裏返して見せるよう指示されたこと、同看守が三〇房から出房した戸田博明と原告に対し入浴待機場所である二階西端まで行くよう指示したこと、原告が河野看守に願箋の交付を依頼し、入浴後その交付を受け、神戸地方検察庁への告訴状及び告発状の認書願箋を同看守に差出したこと、警備隊所属看守部長から居房で近藤看守との件で取調べに付する旨の告知を受けたこと等は認める。

その余は争う。

3 同(一)3の事実を認める。ただし、作業賞与金計算高減額の根拠規定は、作業賞与金計算規程(昭和五二年四月一六日矯作訓第七一二号法務大臣訓令)九条二項であり、三割減額の額は、金六六二円四〇銭である。

4 同(一)の4の事実は否認。

5 同(一)の5の事実のうち本件各処分、懲罰審査の開始・手続及び量定・言渡の動機に関する部分は否認。

その余は争う。

6 同(二)1の事実を認める。但し、反省時間を設定したのは昭和五〇年五月一日からであり、原告が自己の意思に反して屈従しているとの点は不知。

7 同(二)2ないし4を争う。

(三)  被告の主張

原告は、昭和四八年一一月一二日、京都地方裁判所において、強盗強姦罪、有印公文書偽造罪により懲役七年の刑に処せられ大阪拘置所から、昭和四九年一二月一八日神戸刑務所に移送され現在服役中の者である。

1 懲罰処分の経過

(1) 原告は、昭和五三年一一月二日午後一時二二分頃、入浴のため舎房から出房し、同房前の廊下において、同日の入浴立会係担当の近藤看守から出房時の不正物品隠匿の有無の確認のための衣体及び所持品の検査を受けた際に、所持していた石鹸箱を左手に握つたままで見せたので、近藤看守は石鹸箱の裏側を検査すべく、原告の手からこれを取り上げたところ、原告は、近藤看守に対し「なんで石鹸箱の下まで見らんといかんのかい。わしだけ見て他の者は見たんかい。阿呆なことしやがつて。」等語気荒く暴言を吐き検査に非協力的な反抗的態度を示したので、近藤看守は、かかる事実を現認報告書をもつて被告に報告した。

(2) そこで原告は、同日、事案の詳細を調査するため取調べに付され、調査の結果、被告は原告の前記言動は法五九条の紀律違反に該当するものと認め、昭和五三年一一月二〇日、懲罰審査委員会に付議し、原告をこれに出席させ弁解の機会を与えたうえで、同月二一日、処遇に関する重要事項を決定する場合の被告の諮問機関たる刑務官会議の議を経て、法六〇条の規定にもとづき、原告に対し軽屏禁一五日、その間、文書図画閲読禁止の懲罰に処することを決定し、同時に当時行刑累進処遇令(昭和八年一〇月二五日司法省令三五号)による処遇階級が第三級であつた原告につき、将来第三級に滞留させることによりその階級の秩序を乱すおそれがあると認めて累進準備会及び分類審査会に付議したうえで同令七四条の規定にもとづき同日処遇階級を第四級に低下せしめた。

(3) 原告に対する右懲罰及び累進処遇階級の低下の決定は、即日、原告に言渡され、規則一六〇条一項の規定にもとづき同日から懲罰の執行を開始したが、原告は、同日、本件懲罰処分の取消訴訟及びその執行停止の申立を提起することを理由に訴状等の作成のため二日間の認書許可願いを被告に提出したので、被告は右認書許可願いは法六二条一項に規定する懲罰の執行停止事由に該当するものと認め同日から三日間に限定して執行を停止した。

(4) 原告は同年一一月二四日、執行停止の申立書及び懲罰処分取消等を求める訴状等を作成し、被告にこれらを提出し、発送を願い出たので、直ちに神戸地方裁判所に発送すると同時に、本件懲罰の執行を再開し、同年一二月八日、執行を終了した。

2 本件軽屏禁処分の適法性

(1) 原告は、本件軽屏禁処分の違法事由として第一に懲罰の原因となつた所持品等の検査時の原告の言動は、検査に当つた近藤看守の原告に対する差別的取扱いに対する抗議で正当な権利行使であつたので、懲罰処分の理由がなかつたこと、第二に原告が刑務当局の指導に従わず、十数件の告訴及び訴訟等を提起していること、神戸刑務所管理部長及び同用度課長が告訴されていること、本年八月二日付で独居拘禁の期間更新の取消し等を求めて出訴したこと等から被告が遺恨を持ち原告に報復するため恣意的に懲罰を科したことにあると主張する。

しかし、本件懲罰処分は前記のとおり適法な手続を経てなされたものであつて、原告主張のごとき違法事由は何ら存せず、原告の主張は何ら根拠がない。

(2) まず第一の違法事由につき、原告は、取調期間中の事情聴取の際にも「自分だけ石鹸箱の裏まで検査して差別したから抗議をしたのであつて、暴言ではない」と自己の言動を正当化する主張をしたが、近藤看守の原告に対する所持品検査は、他の受刑者に対する方法と同一の方法によつて行つたものにすぎず、原告に対して何ら差別的取扱いをなしたものではなく、現に同日、原告とともに入浴のため出房し、所持品等の検査終了後暫時廊下で待機していた他の受刑者の供述によつても、入浴のための出房時の所持品等の検査の方法として全収容者に対してタオルを広げさせ、石鹸箱の中も検査していることが認められるところであり、近藤看守の原告の石鹸箱の検査をもつて原告に対する差別と解する余地はなく、したがつて検査時における原告の言動は、単なる検査に対する抗議であるとは到底解しえない。

受刑者は、法一四条及び規則四六条の規定にもとづき入房時及び出房時には不正物品の隠匿の有無を確認するため身体、衣類、所持品等の検査をうけることになつており、職員から検査上必要な指示をうけたときは、これに素直に従うことが義務づけられていることは事前に「所内生活のしおり」に遵守事項として明記し、これを全受刑者に十分周知しているところである(規則一九条一項、同二二条二項)。

そしてこれら受刑者の遵守事項は、刑務所の秩序を維持し拘禁の目的を達成するために必要とされる受刑者の拘禁生活上遵守しなければならないもので、刑務所内の規律を構成するものである。

しかるに、原告の前記近藤看守に対する言動はあえて遵守事項に違反し、法令にしたがつた検査を事実上困難ならしめようとする刑務所の秩序をみだす行為として前記規律に違反するものであるから当然に懲罰の対象となるものである。

それに軽屏禁は最高二ヵ月の期間まで付することができるが、本件懲罰処分にあたつては、原告の言動内容を斟酌し、その期間を一五日としたものである。

(3) 第二の違法事由は、原告の独断的一方的邪推による主張にすぎず、何ら根拠のないものである。

現に、本件軽屏禁処分は、前記のような懲罰審査委員会に付議し、原告にもこれに出席させて弁解の機会を与えたうえでなされたものであつて、被告において原告に遺恨を持ち報復するため恣意的に懲罰を科することなどありえず、かかる余地も全くないものである。

(4) 以上のように本件軽屏禁処分は適法な手続にしたがつてなされたものであり、その量定も適正であつて裁量権の乱用その他の違法事由は何ら存せず、原告の主張は根拠がない。

3 本件階級低下処分の適法性

累進処遇制度は自由刑を執行するに当つてあらかじめ段階的に階級を定めて、上位の階級になる程自由の拘束を緩和する反面、自治責任を加重するようにしておき、受刑者の行刑成績が向上するにしたがつて順次階級をより上位に進めていく制度であつて、その目的は受刑者の自発的な行動を促して自力更生に対する意欲と自信を持たせつつ漸次社会生活に適応させることを目的とする(累進令一条)。

換言すればこの制度は善因善果、悪因悪果という人間の普通的道徳観に根ざすもので、それを現実に受刑者の生活に取り入れて道徳観の建て直しをするとともに自己の努力によつて得た地位に伴う優遇と責任を正しく処理できるように訓練することによつて社会生活に適応する人間を作り上げようとするものである。

そこで、行刑成績の低下者を従前の階級にとどめることはその者の教化改善上好ましくないばかりでなく、同級の他の受刑者に対しても悪感化を及ぼす虞れがあるので、階級を低下させて反省を促すとともに、階級低下させられた者が、特に、改悛の状を顕著に示したときは原級に復せしめることができることとしている(累進令七四条、七六条)。

ところで原告は、昭和五三年一一月二日、入浴のため出房し、当時担当の近藤看守から出房時の不正物品隠匿の有無の確認のための衣体及び所持品の検査を受けた際に同看守に対し語気荒く暴言を吐き、検査に非協力的な反抗的態度を示したので、このまま第三級に滞留させることは第三級の秩序を紊す虞れがあると認められたので分類審査会及び累進準備会の付議を経て第四級に低下させたものでその必要性の判断及び手続において毫も違反事由は存しない。

4 本件賞与金減額処分の適法性

原告は、昭和五三年一一月二一日付で暴言事犯につき軽屏禁一五日及びその間文書図画閲読禁止の懲罰処分を受けるなどの行状不良の事実があつたので、前記のとおり作業賞与金計算規程九条二項及び同規程施行細則一五条にもとづき昭和五三年一一月分の原告の基本月額金二二〇八円(内訳数量科程金一九三九円二〇銭、時間科程金二六八円八〇銭)から三割(金六六二円四〇銭)減額しこれに同年一〇月分の数量科程における作業成績良好による三割(金五八一円七六銭)を加算した金二一二七円三六銭を同年一一月分の作業賞与金として原告に告知したものである。

ところで、作業賞与金月額計算高減額の根拠となつた懲罰処分は前記1のとおり適法であり、この適法な処分を前提として原告の行状は不良と判断し、法令の手続にしたがつてなされた本件作業賞与金月額計算高の減額は適法なものであつて、これを取消すべき違法事由は毫も存しない。

5 本件正座反省の適法性

本件正座反省の実施の違法確認訴訟は、もとより、不適法であるが、かりにこれらが適法だとしてもこれらに関する原告主張は何ら根拠のないことは前記1のとおりである。

三  被告の本案前の抗弁に対する原告の主張

1  原告に対する軽屏禁罰が執行完了しても、将来、独居拘禁が解除され刑務当局が適当とする仮釈放に関する要件を満たし仮釈放の資格を取得した場合又は個別恩赦の上申が為された場合不利益(犯罪者予防更生法三〇条、恩赦法一二条)に取扱われる虞が在る。故に原告は懲罰処分の違法状態の排除を求め得る法律上の利益を有するのである。

2  階級低下処分について

(1) 階級の低下処分は被告指摘の通り懲罰処分とは別の手続に基づくものであつても、行刑実務上は懲罰処分を受ける者に対し、之に尚一層の反省乃至後悔をさせるための一種の制裁方法として用いられているものであり、其の実質は懲罰処分と表裏一体の関係を為しているものである。然も処遇令の「秩序ヲ紊ス虞アル」ことのみを理由として、規律違反を理由とせず階級を低下することなど実際には稀である。

然して原告の場合も其の例外ではなく規律違反(懲罰)に該当した行為を為したとして、之が当時の処遇階級第三級の秩序を紊すとして懲罰処分を機縁に階級が低下されていることは臨時累進準備会決議簿の「低下決定事由」欄を見れば明白であり、これをもつて、懲罰処分に全く関連性が無いと言うことは出来ない。

然るに懲罰手続と階級低下手続が形式的に相違することを以て懲罰処分とは何等関連が無と云う如きは現実無視も甚しく、本件請求の追加的併合は行訴法一三条六号に該当するものであるから、之が行訴法一九条一項の規定に依り従来の請求に関連する新たな訴えとして適法なものである。

(2) 更に被告は、監獄法令及び処遇令の趣旨に照らせばその処遇の如何は法令の範囲内で被告刑務所長の自由裁量に委ねられているというべきだから自己を有利に取扱うよう請求しうる法律上の地位を有するものでもないので、原告は、階級低下処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものといわなければならないと云うが、原告の規律違反行為が、処遇令の秩序を紊す行為として階級低下事由に該当するかどうかの判断は、被告の純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、右法令の趣旨に沿う一定の客観的標準に照らして決せられる可き法規裁量に属するものであり、然して係る処分は刑務所に於ける受刑者の改善と社会適応化を図ることを目的とする行政行為であるから、之を行なうに就いては、被告は右法令の趣旨に従つて各事案ごとに其の具体的事実関係に照らして判断す可きことを要し、其の限度に於いてどのような措置を採るか被告の自由裁量に任されているに過ぎない。

また、本件階級低下処分の取消を求める訴は被告のいうような一定の階級について自己に有利に取扱うよう積極的な請求をしているものではなく、単に、原状回復という消極的救済を求めているにすぎない。

(3) 処遇階級を第三級から第四級へ低下せしめられたことから生じる不利益は、仮釈放の申請資格(処遇令九〇条では二級者以下の受刑者の仮釈放申請をも認めているが、行刑実務上は四級者に就いて其れが認められていない)、進級の遅滞(処遇令二一条)、作業賞与金月額計算高の使用限度(同四一条、四二条)、接見・発信回数(同六三条)、衣類・臥具等の給養の累進(同六八条)、甘味品の購入である。唯、現在神戸刑務所に於いては二級者以下の接見・発信は週一回・一通とされているため、此の点に関しては階級差異に基づく不利益はないが、併し之が今後共に継続されると言う保障は無く、又今後原告が他の刑務所へ移監されることが絶対に無いとは言えないから、此の時には不利益を蒙る。

故に階級低下処分のように原告の利益を剥奪し不利益を強いる行政処分の撤回は、何等低下事由の存しない場合に於いて迄被告の完全な自由裁量に委ねられたものではなく係る裁量を逸脱した場合には当然抗告訴訟の対象となるものである。

3  作業賞与金減額処分について

(1) 刑務作業は、懲役受刑者に課せられた強制労働であつて就業者と国家との労働契約に基づくものではないから、就業者は之に対する報酬請求権など存在しないが(法二七条一項)、併し就業者に対しては、行状・性向・作業の種類・成績・科程を斟酌して必ず作業賞与金を給付することとされているのである(同条二項、三項、法施行規則=以下「規則」と請う=六九条、七一条)。然して其の具体的給付金額及び増減方法に就いては規則七一条に基づく作業賞与金計算規程(乙一五号証)なる法務大臣の訓令に依り行なわれているものであるが、法令上(法六〇条一項九号、規則七三条、七八条)の理由がある場合を除いては計算高を削減又は不支給としてはならないとされており、同計算規程上(三条、四条、八条、九条)も規則七〇条の行状不良且つ作業成績劣等による不計算を其の侭適用しない運用になつている。

従つて作業賞与金は就業に対する恩恵ではあるけれども必ず給与することとされ就業者別に毎月の作業賞与金を計算し、本人の口座(作業賞与金計算高基帳)に積算し、原則として釈放時に請求権化(規則七五条)する性質のものであるが、在所中でも許可を得て、用途によつて月額計算高又は計算高の一部又は全部を費消できる(規則四一条、四二条、四五条、五〇条、七六条)ものであるから、作業賞与金に付き原告は此の点に就いて具体的な権利・利益を有するのである。

(2) 就業者に対する作業賞与金の具体的給付条件を定めた(作業に関する監獄法令の運用方針又は取扱い準則を示した)作業賞与金計算規程(昭和五二年四月一六日法務大臣訓令矯作訓第七一二号)に依つて加算又は減額の孰れか為された場合、之に因り当該就業者は財産上直接の利益又は不利益を蒙ることになるは明らかである。然るに本来ならば当然減額されることが無かつた賞与金の月額基準額(一等工基準額×就業時間)に就いて、何等根拠の無い懲罰処分を理由として三割減額された場合、之が原告の財産権を侵害する事実行為として抗告訴訟の対象たる処分性を有するものである。蓋し、被告刑務所長に於いて正当の理由なくして加算又は減額するとせざるとの自由を持つものではない。

4  正座反省の命令強制の違法確認について

(1) 被告は、受刑者全員に対して毎日仮就寝前実施している黙想正座反省は、矯正生活の目的を達するための方策として受刑生活の一部にとり入れ実施しているものであり、これは矯正施設における生活に伴う受忍の限度内の当然の内在的制約にとどまる、と云うのであるが、抑々受刑者を収容する刑務所は刑事拘禁施設であつて、其の本質は犯罪者と云う烙印を押された者の身体を拘束し以て犯罪に対する報復を遂げると共に犯罪者を社会から隔離することに因つて一般社会を犯罪から防衛することにある。従つて日本の刑務所を矯正施設などと認めるべき法的根拠など何等存しないことは現行刑法及び監獄法が未だ矯正の原理に関し明確に規定していないことを見れば明白である。

其れ故刑務所に於ける自律権の行使は、拘禁目的のために必要な限度と範囲、即ち身体の自由を拘束し刑務所の本質を全うするために必要最少限度の合理的範囲に於いて認められているに過ぎず、縦令拘禁の過程に於いて受刑者の遵法精神の養成・教化・改善の必要が社会的・特別予防的見地からあるとしても、其れは正座反省の命令強制とは何等関係の無いものであつて、かかる命令強制は、刑務所の存立目的に必要な限度と範囲を越えるものであり、本来監獄の持つ自律権の行使とは関係が無い。

然るに斯様な命令強制を以て拘禁上刑務当局に好都合な状態を実現するため受刑者に正座反省の受忍義務を賦課し原告に不必要な精神的・肉体的苦痛を強いて或目的を達しているのであるから、これが公権力の行使たる事実行為として抗告訴訟の対象となる。更に特定の道徳律など如何なる身分関係に因つても強要される謂れは無く、内心的・精神的自由は公共の福祉で制限される筈もなく、従つて正座反省と云う対外的意思表現の命令強制は憲法一九条に違反する行政処分である。

(2) 本件違法確認請求に就いて、本来ならば処分の違法性を争う場合には取消し請求が適宜であるが、併し、被告刑務所長の正座反省の命令強制は、反覆・断続的に為されること必至であつても五分間と言う即時行為であつてみれば、其の行為が終了すれば違法な公権力の行使も終了するので之に対する取消し請求も確定し兼ね、更に此の様な訴訟提起前に其の効果が無くなつた行政行為の取消し訴訟の提起が法定抗告訴訟として許容され得るものか否か解り兼ねるところ、違法確認訴訟も取消し訴訟同様、処分の違法性を訴訟物とする訴訟であるから、本件の如き命令強制が将来も引き続き行なわれることが明白な場合、過去に為された処分を違法とする確定判決に依り副次的に生ずる拘束力に因る予防的効果を期待して此の訴訟形態に依るものにしたものである。従つて訴訟提起前に効果が無くなつた行政行為に就いて、殊更取消し又は無効確認訴訟に固執する必要はなく、処分の性質に応じて本件訴訟形態は認めらるべきである。

第三証拠 <略>

理由

まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

原告が、神戸刑務所に懲役受刑者として服役中である点については当事者間に争がない。そこで、以下本件各処分について順次判断する。

一  本件軽屏禁処分について

原告が本件軽屏禁処分を受け、同処分の執行が完了している点については当事者間に争がない。ところで、本件軽屏禁処分は原告を拘束する事実行為的処分であるから、その執行の完了によつて右処分は消滅していることは明らかであるというべきであるが、単にそのことだけで、直ちに、本件軽屏禁処分の取消を訴求する法律上の利益を欠くものと即断し得ないことは行訴法九条の規定によつて明らかである。而して原告は、軽屏禁の執行が完了するも、仮釈放や個別恩赦の際に不利益をうけるおそれがあるから本件軽屏禁処分の取消を求める法律上の利益を有すと主張するも、仮釈放や個別恩赦においては、懲罰処分をうけたこと自体をもつて欠格事由とする規定は存在せず、仮りに、右仮釈放や個別恩赦において原告主張の如き不利益を蒙る虞があるとしても、かかる不利益は将来の発生にかかり、しかもその発生自体確定的であるとも云えないし、本件軽屏禁処分によつて当然かつ直接的に招来されたものではないというべきであるから右不利益を蒙る虞をもつて未だ法律上の利益ありと認めることは出来ず、他に本件軽屏禁処分の取消について法律上の利益を認めるに足る資料はなく、本件軽屏禁処分の取消を求める訴はこれを求める法律上の利益がないといわねばならない。

二  本件階級低下処分について

本件階級低下処分により、原告は処遇令による処遇の階級を三級より四級に低下せしめられたことについては当事者間に争がない。

思うに、神戸刑務所という営造物を司る刑務所長たる被告とその収容者たる原告との間は、懲役刑の執行という特定の設定目的に必要な範囲と限度とにおいて、被告が原告を包括的に支配し、原告が被告に服従すべきことを内容とする関係、即ち公法上の特別権力関係が成立しているというべきである。而して、特別権力関係は、特別の法律原因に基づいて成立する関係であり、設定目的のために必要な限度において法治主義の原理の適用が排除され、特に内部紀律の維持のために当該関係の権力主体たる者は個々の具体的な法律の根拠なしに包括的な支配権の発動としての命令強制をなしうるものである(これに対し、秩序を維持する必要上、その義務に違反した場合に懲戒罰を科し得る権限については一定の限度があり、本件のように特別権力関係が法律によつて成立する場合には法律の規定が必要であり、その罰の種類も法律によつて定められねばならない)。これを本件について見るに、被告は原告に対し懲役刑の執行目的、即ち、受刑者を拘禁し、かつ定役に服させることにより、一方においては受刑者を矯正、教化してその社会適応性を回復、増進させ、他方においては社会的危険ある者を社会から隔離して一般社会を防衛するという目的を達成するため必要の限度において内部紀律の維持のために包括的な支配権を有するところである。

ところで、行刑における累進処遇とは行刑の過程において数個の階級を設け、その階級の上るに従つて刑罰の厳格さを緩和し、待遇をよくするとともに受刑者にそれだけ重い責任を負わせることによつて受刑者の自重と発奮努力とによる向上を期待する刑務所における処遇の基本的な方式であり、それは、行刑の過程を改善、矯正の目的に即して合理的に形成しようとする制度であり、累進制の運用はその事務の性質上、専門的、技術的、科学的分野に亘る面が多く、それは法令の範囲内で被告の自由裁量に委ねられた分野というべきである。本件において原告の主張によれば原告は神戸刑務所内における入浴に際し行われた石鹸箱の検査に端を発してなされた原告の発言と行動について取調べを受けた上、本件階級低下処分を受けたとするものであるから、被告の本件階級低下処分は特別権力関係における純然たる内部紀律の維持のための行為というべきである。従つて、原告においては本件階級低下処分につきこれが取消を求める法律上の利益がないというべきである。

三  本件作業賞与金減額処分について

原告が本件作業賞与金減額処分をうけたことについては当事者間に争がない。監獄法に定める作業上の賞与金について、監獄法令の各規定によると、作業によつて得られた収入は全部国庫に帰属する。然し、行状、作業の成績等を斟酌して作業賞与金を給することができ(法二七条)、この作業賞与金は、行状不良で作業成績劣等の場合は、賞与金の計算をしなくてもよく(規則七〇条)。計算高として一度計上されたものを、抹消したり(規則七八条)出来るものである。以上のように、作業賞与金は、作業に対する報償ではあるが、私法的な対価ではなく、公法的な配分であり、従つて作業収入との等価的関係はないのである。このように、作業賞与金の法的性質は、労働に対する報酬ではなく、就業者に対する国家の一方的意思による給付であり、さきに説いた通り、原告と被告との特別権力関係のもとにおいては賞与金給付の条件、処分方法は、すべて被告の裁量の範囲に属するものであり、本件作業賞与金減額処分も原告の主張事実のもとにおいては被告の特別権力関係における自由裁量の範囲内の行為というべきであり、原告には本件訴につき法律上の利益がないというべきである。

四  本件正座反省について

被告においては、受刑者全員に対して、受刑生活一日の反省を促すため、仮就寝前の午後六時五五分から午後七時までの五分間正座反省を実施している点については当事者間に争いがない。<証拠略>によれば、被告は受刑者全員に対して、仮就寝前の五分間を反省時間にあて、定められた位置に正座して、目を軽く閉じ、その日の行動等について反省するようにしているのであるが、正座中は座布団の使用も許されていることが認められる。右事実によれば、本件正座反省は、受刑者全員に対して精神統一して集中的に自省を促す機会を与え受刑者を教化、改善し、社会復帰後の健全な精神生活を維持できることを目的として受刑生活の一部にとり入れ実施されているものであり、それは矯正教育の目的を達するための特別権力関係における内部的な紀律の問題であり、被告の自由裁量の範囲に属するというべきである。そして、正座反省の時間は五分間に過ぎず、それは苦痛のみを目的とする行動を強制するものでないことは明らかであり、また、前記程度の黙想反省の実施をもつて、直ちに憲法一九条の思想及び良心の自由を侵すものということは出来ないところである。そうするとその余の点について判断するまでもなく、本件訴も訴の利益がないといわねばならない。

よつて、原告の本件訴はいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 住田金夫 池田辰夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例